

第5回ふげん社写真賞
総評・選考員のコメント
[第5回 ふげん社写真賞 総評]
飯沢耕太郎(写真評論家)
ふげん社写真賞は第5回目を迎え、今回から鷹野隆大さん、野村恵子さん、関根史さんが審査に加わりました。新たな目によって、これまでとは違った切り口が期待されたということです。今回も183名という多数の応募が寄せられ、しかもレベルの高い作品が多かったので、第一次選考から絞り込むのにかなり苦労しました。また、今回から第二次選考(最終審査)は公開という形で実施されたので、審査員も出品者もかなりの緊張感のある雰囲気で審査に臨むことになりました。結果的には、予想以上にうまくいったのではないかと思います。新鮮かつ可能性を秘めた作品が選出され、来年の写真集の刊行、写真展の開催が、今からとても楽しみです。
グランプリを受賞した中野泰輔さんの「That Night in the Wild」は、ゲイの少年が、東京の埋立地で殺害されるという事件の加害者が、自分と同じ名前だったことをきっかけに撮り始められたシリーズです。ゲイ社会を取り巻く社会的環境を、死者と生者、ノーマルとアブノーマル、日常と非日常との境界を探索することによって浮かび上がらせていこうとする力作でした。何よりも、「ストレート」の男性を含むヌードの身体性を軸に、自らの生の根拠を探り当てていこうとする真摯な姿勢が、審査員一同の共感を呼びました。中野さんはこれまでも第18回写真「1_WALL」展でグランプリを受賞するなど評価の高い写真家ですが、本作をきっかけにして、さらなる飛躍が期待できそうです。
今回から新設された鷹野隆大賞は、狩野萌さんの「女女生活」に決まりました。
同性のパートナーとの暮らしを、丁寧に、細やかに追った作品で、何が「当たり前」なのかという問いかけが全編に貫かれています。まだ荒削りなところがありますが、スケールの大きな作品に成長していく可能性を感じます。
同じく野村恵子賞は木全虹乃楓さんの「明日をやめないで」でした。木全さんはふげん社写真賞の最終審査にこれまで2回残っています。日常性に着目したスナップ写真で、しっかりと実力をつけている作家ですが、まだ伸びしろがあるのではないかという感じがします。次の一歩が見つかれば、グランプリに届くのではないでしょうか。
飯沢耕太郎賞はサム・プリチャードさんの「A Classroom with a View」を選びました。イギリス出身の彼は、長野県の公立小中学校で英語指導助手を務めています。小学校の四季を題材に撮影した写真をデジタル合成して画面にちりばめ、パノラマとして再構成しています。日本人には気づきにくい、日本の学校教育のシステムのあり方も浮かび上がってくる興味深い作品でした。
残念ながら入賞は逃しましたが、他の出品者の作品も甲乙がつけ難い出来栄えでした。蓮井元彦さんの「アフターオール」は、母親の死という重いテーマを受け止め、投げ返した「私写真」への取り組みです。ピュアな眼差しに心を動かされます。
筑紫仁子さんの「June.1973」は、父親が勤めていたという立川の飛行機工場のたたずまいを丁寧に押さえています。「なぜ撮るのか?」という動機の部分が少し弱いように思えました。
橋本晃さんの「反場所: Contre-espaces」は、独自の視点で日本各地の風景を切り取ったシリーズです。ミシェル・フーコーの「反場所」という抽象的な概念を、いかに具体的な場面に落とし込んでいくのかに難しさを感じました。
佐藤航嗣さんの「きっと虹が守ってくれる。」のプレゼンでは、そのトークに引き込まれました。しなやかで饒舌な語り口が、写真の並びにも活かされています。
梶瑠美花さんの「To the Woman of Yesterday, and to us」は、現代社会において軋轢を抱え込んでいる女性たちをモデルとしたシリーズです。SNSで募集し、丁寧にコミュニケーションして撮影した労作でした。
石川幸史さんの「This is not the end」は、石、火、水といったエレメントの持つ原初的なイメージを、写真によって捉え返そうとしています。大きなテーマにいかに肉づけしていくかが、次の課題になるでしょう。
未来志向の公募展として、ふげん社写真賞がより多くの方たちに認知され、今年の成果を踏まえて、来年度はさらなる力作、意欲作が多数寄せられることを心から期待しています。

飯沢耕太郎賞
Sam Pritchard「A Classroom with a View」
イギリス出身の彼は、長野県の公立小中学校で英語指導助手を務めています。小学校の四季を題材に撮影した写真をデジタル合成して画面にちりばめ、パノラマとして再構成しています。日本人には気づきにくい、日本の学校教育のシステムのあり方も浮かび上がってくる興味深い作品でした。
(総評より引用)

鷹野隆大(写真家)
選考にあたり私が注意したのは、現在の私が共感を覚える作品のみならず、地味ながら新しい感覚や思考を秘めている作品を見落とさないようにすることだった。それは言わば自分の盲点を見ようとするようなもので、本当にできたかどうかは疑わしいが、いくつか気になる作品には出会えた。最終選考にはその一部を残すことができ、一定の役割は果たせたと考えている。
さて、最終的に選ばれた一人に感じたのは、〈本〉という形式に落とし込んだときの可能性であった。そう思わせた大きな理由は意外にも最終選考会でのプレゼンだった。作者がそこで語ったのは、本人も意図していなかったように思われるが、実は自分の作品が有する多様な切り口であった。
このコンペのように、完成作品の優劣を競うものではない場合、審査は自ずとプロデューサー的、あるいは編集者的視点で行うこととなる。それゆえ、作品の本質はそのままに、多様な可能性があることを提示できるかどうかが大切な要素になる。乱暴に言うなら、「いじり甲斐がある」と思わせるかどうかである。作品が優れているだけでなく、そこに柔軟性も求められるということだろう。
今回、非常に多くの応募をいただいた。写真という媒体の枠組みが日々曖昧になり続けているにもかからず、これだけ多くの人が今も興味を持っているという事実には勇気づけられる。そしてその熱意ある表現からは、この媒体の〈芯〉とも言うべき何かが見え隠れしているような気がする。
鷹野隆大賞
狩野 萌「女女生活」
これからも撮り続けてください。その際、ひとつのテーマだけだと行き詰まる恐れがあるので、さまざまなものに目を向けてみてください。あるいは、同じテーマを多角的に表すことを考えてみてください。若いうちは「~でなければならない」と思いがちです。しかし作用点が複数あれば、物事に対してより柔軟に対応できるようになるものです。今後の展開を楽しみにしています。
野村恵子(写真家)
今回、私は初めてこちらの選考員を務めさせていただきました。 第一次選考会では、183点もの応募作品が一堂に並び、その光景はまさに圧巻でした。 机に山と積まれた作品を前に、朝から夜まで、その一点一点の熱量と真剣に向き合わせていただきました。
ファイナル審査を経て、中野さんの作品がグランプリに選ばれました。 その決め手となったのは、作品そのものが放つ“熱量”、つまり内に秘めたエネルギーだったのではないかと思います。
応募された作品の一つひとつはどれも優れたものが多く、 同じ写真家として羨望の念を抱く作品も少なくありませんでした。 ただ、この賞は「写真集を世に送り出す」という使命を持つ作品を選ぶという特性があり、私自身もその点を意識しながら一点一点の作品を拝見していました。
応募の中には、「とりあえず作品を観てほしい」というようなポートフォリオレビューに応募されているようなアプローチを感じる作品も見受けられましたが、 この賞では、写真集という形で作品が“ひとつの世界として生まれる可能性”に賭けることが求められています。 その情熱をもって挑戦してくださる作品に、来年もまた出会えることを心より楽しみにしています。

野村恵子賞
木全 虹乃楓「明日をやめないで」
木全さんの作品には、初見の段階から言葉では表しがたい独特の魅力を感じました。後に、今回が三度目の応募であり、これまでもファイナルに残られていることを伺いましたが、作品の強度が回を重ねるごとに確実に増しているともお聞きし、その深みと成長にあらためて納得しました。
彼女の作品は、一見つかみどころがないようでいて、見る者の意識を静かに、そして強く惹きつける力があります。
その魅力は、彼女が捉える世界の“余白”と、その輪郭が生み出す独特の間合いにあるのではないかと感じます。
近い将来、彼女の写真世界はさらに成熟し、静かに、そして確かに羽ばたいていくことでしょう。

渡辺 薫 (ふげん社 代表)
コロナ禍の2020年に創設し、5回目を迎えたふげん社写真賞は、今年最終選考を公開し、選考員を一部入れ替え三人から五人に拡充したことで、新たなフェーズに入った。
グランプリを獲得した中野泰輔さんの『That Night in the Wild』は、第二フェーズの始まりにふさわしいダイナミックで、不穏な気分を孕む意欲作だ。
ゲイの少年殺害事件の加害者が、被害者と同じゲイである中野と同名だったことに混乱と衝撃を受けて始まったシリーズであるが、事件の荒地に潜入して撮影された無数の男性ヌードから立ち上がるのは、ゲイとストレート、加害と被害、生者と死者、肉体と肉体、私とあなた、無数のボーダーが溶けていく感覚だ。
中野さんが提示するのは、私達の共同体が自明として指し示す価値あるいは名付けを根元から揺さぶる不穏と解放のイメージだ。
ふげん社写真賞は写真集を作るための賞である。中野さんの作品のメージは美しく批評性に満ちたものであり、もしかしたら世界でまだ誰も見たことのないイメージを、一冊の本として差し出すことができるかもしれないと思う。半年後が楽しみである。
関根史(ふげん社ディレクター)
今回から初めて選考員に加わった。世界の写真コンテストは数多あるが、このデジタル化の時代に実際にプリントの束を提出してもらう形式はどれくらいあるだろうか。写真はもちろん、プリントの用紙の選択、どんな箱に入れているか、書類の書き方まで、その人の個性が豊かに現れるこの形式は気に入っている。
その後の公開審査で10名のプレゼンを拝見し、プリントの束から滲みだすものとはまた違った人となりがそれぞれ現れていた。中でも、グランプリを受賞した中野泰輔さんの発表では、イメージの裏側に潜んでいる連想ゲームのような場面転換とストーリーに強く惹きつけられた。それは他者の記憶や社会の無意識部と結びつきどこまでも展開していく可能性を感じるものだった。膨大な写真群と多様に接続していく物語をどのように織り込み1冊に編んでいくかは非常に難題であるが、これから伴走ができることを大変楽しみにしている。

[第5回エントリー集計結果]
第5回ふげん社写真賞は、2025年6月1日(日)〜8月31日(日)に募集を行い、183名の方にご応募いただきました。
応募者の性別、世代、居住地、応募回数の割合を下記に発表いたします。
性別

世代

居住地

応募回数

