

第二回 ふげん社写真賞 グランプリ受賞作品
川口 翼「回転の縁(よすが)」
真っ直ぐに伸びる帰り道のそのパースの消失点が、陽炎に揺れている、ある夏の⽇のことだ。
連⽇の暑さが引き起こした移り気か、あるいは明確な意図を持った⾏動だったのかは正直いまとなっても分からないが、僕は半ば偶然⼿に⼊れた壊れ掛けのカメラと共に故郷の地へと⽴っていた。
うだるような外気のなか、全⾝に滲む汗と、どこか遠くに聞いていた蝉の鳴き声が突然そこら中から聞こえ始めた時、ふと「あの夏」へ戻ったかのように錯覚した時だ、僕はここが過去と現在と未来までをもつなぐ、記憶の交点なのだと確信した。少年が⾍網を⼿に⾶んでいった蝉を追い駆けるように、僕も夢中になって追い始めた。多分その蝉を、「写真」と呼ぶのだと思う。



写真集
川口 翼 『心臓』

熱を帯びたこのあたりが
⽕照る肌さながら⾚くなる
蝉が鳴き
思い出し忘れていく、その光景
写真のままで
どうしようもなく
ざわめくここが
⼼臓だった
夏の⽇
1999年静岡県生まれの川口翼は、2021年に東京ビジュアルアーツを卒業後、2022年に第二回ふげん社写真賞グランプリを受賞しました。現在は、製本会社に勤めながら、東京で作家活動をしています。
本シリーズには、川口が、色調がマゼンタ調に傾く壊れたカメラと出会ったことをきっかけに、懐古する夏として故郷を撮影した「あの夏」と、現在と未来を意識して新しいカメラでカラーで撮影した「この夏」という、異なる時制の夏が混在しています。夏になるとあちこちに出現する「記憶の飛び地」を捉えた、蝉、雑木林、ひまわり、砂浜、虫取り網と川べり、校庭、家族などを被写体にした写真は、自由な時間軸の中で、私たちの集合的記憶と共振していきます。
写真は何かを表現するための手段ではなく「写真は写真として始まり、写真に化け、何事も語らぬまま一切の形容を拒否し続け、写真として終わって欲しい」と、その純度にこだわる川口は、自らの第一写真集を心臓と名づけました。その作家の思いを具現化した、町口覚氏による造本は、本体には写真のみが収録され、テキストはカバーに印刷されます。さらに、本体とカバーの間にエアーが入り、ポンプのように脈打つ構造になっています。
写真の力を信じて進む作家がこの世に差し出した写真集『心臓』が、誰かの無意識部へと到達し、伝播することを願います。
★2023年7月20日発売・雑誌『写真』(Sha Shin Magazine)vol.4「テロワール/Terroir」に紹介記事が5ページにわたり掲載
川口 翼 『心臓』
2023年6月30日発行
写真・テキスト 川口 翼
造本設計 町口 覚
デザイン 清水紗良(MATCH and Company Co., Ltd.)
編集 関根 史
翻訳 ジョン・サイパル
発行人 渡辺 薫
発行所 ふげん社
印刷 渡辺美術印刷株式会社
ISBN 978-4-908955-22-8
¥6,820(税込)

川口 翼 Tsubasa Kawaguchi
1999年 静岡県⽣まれ
2021年 「THE NEGATIVE」TPPG
2021年 東京ビジュアルアーツ写真学科卒業
2021年 第⼀回ふげん社写真賞ノミネート
2022年 第二回ふげん社写真賞グランプリ
現在は近所にある製本⼯場で働きながら写真制作を⾏なっている。
第二回ノミネート作品
Anat Parnass 「JAPAN DIARIES-ATMOSPHERE OF DETACHMENT-」
卯月梨沙 「透明な皮膚」
浦部裕紀 「数と距離と存在たち」
川口 翼 「回転の縁」
木全虹乃楓 「すくいすら、触れるばかり」
鴫原 薫 「今日も生きているということ」
SHAHI RAKESH 「May be Atman」
大道兄弟 「mix juice」
森田剛史 「紀ノ川」
LiRuoqi 「Shorter of Breath」